2025-11-27(進行/記録 AYSA西部部会会員 MYZ)

1.日 時:R7(2025).11.27(木) pm1:30~pm3:30
2.場 所:旧宇部市民活動センター2階会議室
3.出席者:MNT(講師),
ASD,ATK,IKD,USI,KNK,KTM,KBK,SMI,HYS,MYZ,MRN(会員11名)(市民1名)欠席(2名)合計13名
セミナー
テーマ「中村 哲医師が遺したもの」


講師 MNT氏
(ペシャワール会の宇部支援グループ「ビエラの会」代表 )/(AYSA会員のMRN氏の紹介)
概要
1)「ビエラの会」について 2)中村哲医師について(参考資料:中村哲の略年表) 3)藤田千代子PMS支援室長について
4)ペシャワール会について 5)PMS(Peace(Japan) Medical Service ペシャワール会の現地組織)について
6)「中村哲星」について 7)最近のアフガニスタンにおける活動状況
8)DVD上映(47分)「医師中村哲の仕事・働くということ」2021 (株)日本電波ニュース社
※その他配布資料 「中村 哲略年表」・「ペシャワール会報164号」・パンフレット
「ペシャワール会」・「アフガニスタン東部地震緊急支援」・「中村 哲医師の言葉抄」
自由討議と感想

「2時間では足りのでは」と思うほど考えさせられる内容であった。
講師のMNT氏の語り口は彼が遺したものが如何に人類にとって大事な事であるかを問い続けておられることがよく理解できた。医師としての活動を続けながら干ばつに苦しむ難民を救うための灌漑事業、それも昔ながらの人力に頼らなければならないことの困難さに立ち向かう彼らの行動に会員からは感嘆の声が上がる。まず彼は、現地の「ことば」を学び、理解することが必須であること。そのことによる現地の人々に医療技術や灌漑技術を伝授し、様々な困難(アルカイダ殲滅のためのアメリカの対テロ戦争等)を乗り越え少しでも前進する信念を曲げない。相当のストレスの中で彼の癒しは音楽(モーツアルト)と入浴とたばこであったとのこと。資料のペシャワール会報(164号)を拝読。中村氏が2019年12月4日に武装グループの銃撃を受け志半ばで亡くなられて丁度6年。今回は中村医師の遺されたものを憶念する意味でも会員一同大事な時間を過ごさせていただいた。
最後に中村医師の言葉抄から「誰でも押し寄せるところなら誰かが行く、誰も行かないところでこそ必要とされる」と中村医師の覚悟を垣間見るような気がした。現在も中村医師の志は引き継がれているとのこと。講師に多謝


中村哲先生の生涯をプレゼンしていただき、大変感動いたしました。お話を聞きながら、人を突き動かす原動力は何なのかを考えさせられました。①人と出会う現場に出かけて直接、繋がり(絆)を持つ。②人の苦しみ(死の苦しみも含める)に共感して、何とかしてあげようと思う。③実際の行動を起こすためのパッションを強く心に持つ。④その行動を生涯の目的とするための強い意志。このような心を持つためには、自らの苦しみを克服し、他者との協働を大切にする生き方を目指すべきと思いました。
お話しいただいたMNT(講師)さんに多謝!! (USI)
中村哲医師はアフガニスタンで1600もの井戸を掘り約25kmにわたる灌漑用水路をつくり約65万人の人を救われた偉大な人ですが座右の銘は「一隅を照らす」とか。
今回の講演を聞きたかったのですが所用のため出席できず残念でした。
第4木曜日はいつも欠席で申し訳なく残念です。折角の機会でしたがすみません。やむを得ず退会させて頂きます。