2026-3-14(AYSA西部部会会員 MYZ)

私は昨年5月から男女共同参画センターの文化講座「俳句入門」に参加している。月1回の第2土曜日午後から約3時間余りの講座である。俳句に興味を持ったのはテレビで放映されている「プレバト」を視聴してからだと思う。MCの浜田と出演者が詠んだ俳句に夏井先生のトークが絶妙に絡み合い、俳句を作る面白さを醸し出していた。
教室で開催している講座は、前月に「兼題=季語」が与えられその1句とその季節をベースにした4句の合計5句を提出しK先生による赤ペンによる添削が入る。前月に提出した4句の中から生徒の原作各1句を取り出しその句ついて俳句としてどうなのかを具体的に説明し原作を生かしたK先生の修正句についての解説がある。先生からはそれぞれの俳句に厳しい指摘はあるが、しかしそれがまさに的確であることに感心している。
当月の「兼題」の俳句については、生徒の俳句すべてを黒板に書き出し、その中から選者(生徒)はいいと思う2句に投票する。その日の投票数が一番多い句にその日の優秀作品とされるが、必ずしも選者から最多の得票数を得た句がいい作品でないところが面白い。やはり生徒は選者としての力量も問われているのであろう。

その中で、私がさらに俳句にはまり込むきっかけとなったのは昨年7月の講座で「兼題」に「日傘」が与えられた講座である。私の作品は「バス遅し日傘一つの老婦人」(右側の短冊)で、選者全員から投票を得たこと、そしてK先生にも褒められたことである。その作品は車を運転中になんとなく車窓から見た光景を詠ったものである。しかしその後の講座は与えられた兼題に対し考えすぎのところもありあまり「パット」したものは作れていない。
ところで、この度の吟行は今年度の最後の授業として実施された。吟行とは「景色のよい場所や名所に等の出かけ、その散策を俳句」にして作るとある。吟行での俳句はまず先に「感動」とか「驚き」が生まれるまでじっと辛抱して待つことが大事。その時の対象物の方から語りかけてくれる、その時の感動や変化を素直に言葉に写す。俳句は苦しみながら作るものではない。生活の雑事を忘れて心を無心にし、自然の営みや変化に心を遊ばして気分転換を図る。そして、句が授かるまで、自然からのメッセージを待つのです。そう考えると俳句を詠むことはU先生ご指導の「レリジリエンス」の一つかもしれない。

さて、今回の吟行の参加者は13人、他の教室と合同開催で初めての面識の方も数人おられ新鮮味のあるイベントであった。ルートは宇部市舟木地区の散策である。スタートは宇部市厚南燐保会館から3台の車に分乗し、くすのきふれあいセンターから散策をスタートした。まず「岡崎八幡宮」、ここは西向きの参道で舟木地区を見下ろし日本では4社しかない「酒醸造」の許可を持つ神社として知られている。約30分余りの神社内の散策である。
次に古の舟木街道を散策し、車で明治5年創業の「不二醤油」へと、醤油の大樽や黒色に染まって香りのある梁などを見学。古のもろみの音も春風に乗って聞こえてくるかも。今は4代目という方から往時の舟木の商店街を写したセピア色の写真を見ながらの解説もお聞きし、改めて舟木の往時を知ることが出来た。



次に、座禅を目的とした「瑞松庵」へ車で移動。最初に住職からこの「庵」のいわれや歴史の説明をうける。創建から600年とのこと。現在は様々な行事を開催しているようだ。私達はそこで10分間の「座禅」を組みしばらくの瞑想にふけった。座禅組みにはいろいろなしきたりがあるらしい。通常は45分とのことだが時間の関係で10分、それなりに効果があったように感じた。
その後、お昼の弁当を頂きながら、参加者全員が各自の今回の出会いや感動を無記名で3句詠み、それを取り纏めてみんなで味わう投票用の句集にした。
その後、吟行句会を開催する為に、厚南燐保会館へ移動。K先生を含めて参加者から提出された句集(13人×3句=39句)からそれざれが選者となり6句投票をした。それぞれの句をK先生が解説しながら選者が投票した理由を説明しつつ、K先生から解説があり、そのあと初めて作者がその作品を詠んだ背景などを説明する。ここに新しい発見(言葉)もある。
句会での楽しさは、その人の持つ奥深さや心情などに触れることが出来ることである。今回の私の句はあまり褒められたものではない。ちなみに「四代目味深まりし春光に」「春風にみほとけの声座禅にて」「勘場碑に繋がる古人春風に」と3句提出した。それぞれの句にはK先生から相当の直しが入った。詠んで提出して、その後から気付く。不思議なものだ。
気付きのあとに詠みなおした句は、「味噌樽に春光注ぐ四代目」「みほとけの声かも座禅余寒かな」「勘場碑に春風舞いし古を」の3句である。さて皆さんはどう思われるかな?来年度も続けてK先生の俳句道場に通うつもりでいる。俳句は上手にならなくてもいい。その時々で「レリジエンス」になってくれればいいのではないか。(完)

